プロフィール

店主:大藤 翔(オオフジ ショウ)
1990.4.23 生まれ/ 整体師、柔道整復師
長崎生まれ、長崎育ち

整骨院、デイサービスともにそれぞれ2カ所、計4カ所での修行を経て、平成30年12月に独立。

趣味・好きなもの
・食べ歩き・読書(愛読書ほ天切り松シリーズ)・美術鑑賞 ・日本酒
・ワイン・お茶 ・珈琲 ・格闘技・スーツ・椎名林檎さん

店主からのご挨拶

こんにちは。店主の大藤 翔(おおふじ しょう)と申します。

このページでは私という人間を知っていただく為、生い立ちなどをまとめています。

ちょっと恥ずかしいので、興味のない人は読まずにそっと閉じるようにお願いいたします(笑)

『幼少期から高校まで』

長崎南部、海のそばにある田舎町に生まれ、自然の中ですくすくと成長。

当時のアニメの影響か、好きだったのは、球技ならバスケットボール。

あと、理由はわかりませんが、何故か空手か剣道をやりたかった幼少期。

しかし、始めたのはソフトボール。

理由は父からの誘い。断っては気の毒だ、と、子供ながらに気を遣ったのが地獄の始まり。。。

至近距離でボールをぶつけられるは、走らされるはで実写版巨人の星のように鍛えられました。

まるで遊んだ記憶はなく、おかげで小学校を卒業する頃には野球、ソフトが大嫌いになっていました(笑)

ただ、一度踏み込んでしまった以上、辞めてはいけないような気がして、高校生の頃まで野球は続けました。

それに何の因果か小中高、全て主将を任されました。(高校では主将から副主将に降格させられましたが笑)

野球を通して、社会における礼節を学び、人としての在り方を教えて頂きました。

こんな経験もあり、野球にはすごく感謝しています。(今でも、監督さんの前だと緊張します。)

『社会人 時代〜兵庫編〜』

卒業後、特にやりたい事があるわけでもなく

「県外に出たい」「ある程度の収入は欲しい」と安易な考えで神◯製鋼に入社。

同期との感覚のズレ、団体行動が性に合わないことに気づく。

(よく野球ができていたものです。笑)

そして、一度の人生、幼少期から今までやりたい事もやらず、

このまま生涯を終えて本当にいいのか?

と思い、退職を決意。

この時に相談にのってくださった別部署の班長さんと奥様、

約10年たった今でも良いお付き合いをさせて頂いています。

兵庫での出会いで私は真に一期一会の出会いを大切にし、

感謝できるようになりました。

『社会人時代〜長崎編〜』

選手時代、私はとてもケガが多く、苦しい現役時代を味わってきました。

帰崎時、弟も現役の高校球児だったので

何か役に立てるかもしれない!と思い、

とある整骨院に入社。…と、ここまではよくある話。

しかし勤め先が客観的にみても、どう考えても

ブラックな感じでして。(笑) しかし何故か幹部の先生方、スタッフの方々が素晴らしく、

働くとは、プロとは、クライアントに向き合う姿勢を皆様に学ばせて頂きました。

(後に皆様にはまたまたお世話になることに,,,)

プライベートでも帰ってきてからは激動でした。

整骨院に勤めながら国家資格を取るために専門学校へ。

学費を払っていた筈が親に使い込まれ、気付くと自宅が差し押さえられる一歩手前の状態になっていました。

どうにか乗り越えたと思ったら

今度は妹が成人式の振袖用に貯めていた貯金もまたまた親に使い込まれており(苦笑)、当日に晴れ着が着れないかもしれない。

なんて事もありました。

まだまだあるのですが全て、解決してきました。

思えば、その数年は昼間は整骨院、夜は専門学校、それが終わり朝までカラオケ屋でバイト。

不思議なもので人間って本気になると耐える事ができるものですね。敬愛する弟も大学を卒業し、これからは自己投資していくぞ!と意気込んでいました!

そして月日は流れ、弟も大学を卒業し、ようやく自己投資ができるようになり、他県に行き、様々な勉強会、セミナーを通して素敵な方々の元、学び深めていこうとしている最中、

また大きな波が、、、

そう、家が燃えました。笑

骨模型から本から全部燃えましたね。

幸い、いつもより早く帰宅していたので妹と姪を逃しご近所にも燃え移る事はありませんでした。

ですが消防、警察の方に挟まれ聴取をされながら燃え盛る家を見た時は頭を抱えました。

3秒ほどですが(笑)

そう、落ち込んでても燃えた物は戻らないし、これからどうするかしか考えていませんでした。

そして、決意しました。独立し、頑張っていくしかないと。

『そして独立へ』

様々な事を経験させて頂いたおかげで

色んな面で成長する事が出来ました。

問題が起き、

乗り越える度に思うのは、本当に周りの方々に助けられ、生かしてもらっているという事でした。

私一人ではとうの昔に潰れていた事でしょう。

前述した整骨院の皆様、何年も経っているのにお気持ちを募ってくれました。

お会いして間もない東京の先生、他県の先生方、友人知人、ここには収まらない程の沢山の人達が手を差し伸べてくださいました。

私が頂いたこの思いを施術を通して恩返しできたら。そうやって

を開業するに至りました。今後も人と人との繋がり、出会いに感謝し、面白がりながら人生を謳歌していくつもりです。

こんな私ですが、よろしくお願いします。これから出会う皆様とお話ができる事を楽しみにしております。